歴史を勉強する理由は、問題の本質を読み解くときに利用する
フリーランスエンジニアの @nabeemichi です。
とある経営者のセミナーに行ってきて気づいたことがある。
ビズリーチの南社長の話を聴いてインスパイアされたこと。その課題と解決策なんて30万人は既に考えてるよ。そもそも課題がなぜ存在するのかを理解しないと!ヒントは歴史。ここに歴史を学校で学ぶ理由があったか。こういうの学校で教えてくれないんだよね。なぜ歴史を勉強するのか
— 鍋 (@nabeemichi) 2017年7月10日
それは、歴史を勉強することに意味があるということ。
何かの問題を解決したい時、その問題について理解を深める手段として歴史を調べることが有効な手段だということだ。
その問題の定義と解決策はもう誰かが考えたよ。でも、現状のままなんだ
何かサービスを考えた時、新規アプリ考えるときでもいいんだけど、
何か問題があるから何かを作る。
何か問題があるから解決策を考える。
でも、だいたいのことは何十万人という他の人が同じことを考えたはずなんだ。
そして、その結果が現状だ。
何も変わっていない場合が多い。
問題を見つけて、解決策を考えられるのはすごい。
でも、その課題の本質を発見できていないと、間違った解決方法をとってしまって、
何も変わらないという現象が起きる。
そもそも、なぜその問題があるのか。ヒントは歴史にある
せっかく考えた解決策が間違っていたら、結果は何もしていないときと同じだ。
そう、何も変化しない。
必要なのは解決策に注目することではなく、
問題に注目することだ。
そもそも、なんでこんな問題が起こっているのだろう?
ということ。
何もなければ問題もおきない。何か起きてきたから問題があるんだ。
それは、その業界の歴史にヒントがある。
歴史はプロセスだから、これを読み解くことでなぜ問題が発生してきたかがわかる
歴史っていうのは、プロセスだ。
プロセスが積み重なって、現在にいたる。
つまり、このプロセスの何かが間違っていたから、現在直面している問題があるはずなのだ。
だから歴史を調べることによって、問題が発生している場所や、なぜ問題が発生しているのかを理解できるようになる。
本当に問題を解決して、今よりもちょっとだけ何かを良くする方法を見つけたいなら、歴史を調べる。
何か問題を発見したら、取るべき行動。
それは疑うってことだ。
どうやって疑うかってのは、自分にこう問いかけると思考が深まる
そもそもなんでこの問題があるのか
この問いかけに答える一つの手段が、歴史を調べて現在にいたるまでのプロセスを把握することだ。
世界史とか日本史を利用して、歴史の調べ方を練習するのが学校のお勉強
中学校か高校で歴史を勉強する。
僕には歴史を勉強した記憶がほとんどない。
授業ではやっていたと思うのだが、テスト勉強や自習した記憶はない。
なぜかというと、歴史を勉強する意味が理解できなかったから。
今なら理解できる。
日本史とか、世界史というものを利用して、物事の歴史を調べる訓練をしていたのだ。
自分の直面している問題のヒントを探り出すための最短ルートを知るために。
おそらく(歴史を勉強したことないので)日本史も世界史もパターンが何個かあるのだと思う。
このパターンを知っておくと、自分の直面した問題に対しての歴史を調べるとき、
あのときこうだったから、ここらへんを調べたり、こうゆうふうに考えたりしたら求めてるのが見つかる
という思考回路を築くために学校で勉強していたんだろうな。
歴史を勉強する理由ってのを学校で教えてくれたら、もうちょっと勉強したのに。
あ、でもこんなことAIが発展したらすぐに歴史のサマリーを出してくれたりして、もう意味ないっす!
的な感じになるのかな。なるだろうな、統計だもんな。